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  2. 「高き志」をめざし、世界各国で活躍する文理生からのメッセージ集
◆ 研修医として2年目に入ると、専門を決めなければならないそうです
  ね。

私がいま研修させていただいている深谷赤十字病院は埼玉の県北にあり、先進医療からごく普通の診察まであらゆる分野にわたって地域の患者さんの医療を担当し、ドクターヘリも飛んでくる総合病院です。1年目にはあらゆる科を回って研修を受け、今年から腎臓内科の透析室にいます。専門を腎臓内科に決めたのは、透析を担当しているといろいろな科から来るさまざまな症状の患者さんを診ることができるからです。それに腎臓は他の科のように検査データや経過だけを見て治療するのではなく、組織を顕微鏡で見て診断し治療できるというダイレクトなところに惹かれました。

◆ 入学時の「校長先生への手紙」に"お医者さんになるために入学した"
  と書いてあります。

小学校の時から、お医者さんになりたいというぼんやりした憧れがありました。6年生になって、その夢を叶えるためには当時通っていた大学附属の中高では難しいと判断して、そこから猛勉強して文理に合格できました。文理は定期考査の順位を1番から20番まで職員室前に貼り出しますが、最初の試験でいきなり3番になったのです。それが大きなモチベーションになりましたね。性格的にすごく負けず嫌いなものですから、いつもクラスで1番をめざそうと決心しました。特別な勉強はしていなかったのですが、普段の授業をとにかく一生懸命に聴くことと、電車通学の時間を使ってよく勉強した記憶があります。

◆ 医大をめざして勉学に励む一方、部活などにも力を入れたのでしょう
  か。

私はダンスが好きだったので中学校のCA*で「創作ダンス」を選んではまりました。中3になると中学ダンス部ができて、もう本当に大好きで朝練・昼練にも出て夢中で練習しましたよ。一時はダンス好きが高じて、中学を卒業したら宝塚に行きたいと両親に言ったことがあるほどのめり込みました。それでも心の中ではいつも医師志向が根強く、高2の時に勉強との両立に自信がもてなくなりダンス部をやめてしまいました。実は、それがいまでも心残りなのですが…。

◆ 受験勉強は順調に進んだと思いますが、進路指導の思い出について
  聞かせてください。

学内ではそれなりの成績を維持していましたし、けっこう浮かれている部分もあったと思うんです。ところが進路指導の先生方はとても冷静で、私の性格や理科3科目などの成績、現実の医科大受験の厳しさや勉強法をよくご存知だったので「それぐらいじゃ、まだまだだぞ」といつもハッパをかけてくださいました。いま考えても、外部の著名な大学の先生を招いての講演や指導など、受験に対する学校のバックアップはずいぶん大きかったですね。

◆ 研修医として順調にスタートして、医師としての大きな未来が見えて
  きていますか。

研修医と言っても、患者さんの前に立てば一人の医師です。例えベテランの方がいても、自分が医師として指示を出さなければ始まりません。ですから謙虚さは必要ですが、自分の役割を果たすためには、がんばって勉強してきたという自負を持って自分自身を奮い立たせています。患者さんやご家族への説明にしても、話し方ひとつで医師のモチベーションが伝わって、首を縦にも横にも振られてしまいます。最後に道を決めるのは医者だと思うと、その判断は重いし、怖いと感じてしまいます。ただ、研修医は医師のキャリアの中で最も患者さんに寄り添える立場にあります。今抱いている、医療への畏怖と、患者さんに寄り添う気持ちを持ち続けた上で、どんどんステップアップしていけたらベストだと考えています。

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